平たい地球に住まわるチャズ様への手紙 本文へジャンプ

  By 紫水晶


     
                    

 前略、狂気の王チャズ様

まだ地球が平らかなりし頃の、華麗で耽美な物語をつづった「惑乱の公子」であなたにお会いしてから、わたくしはあなたの虜でございます。あなたはこんなふうに派手派手しくご登場なさいました。

「右側より見れば常春の盛りにある美丈夫、髪は絹と紛うまでに美しく硫られた金のたてがみ、伏せられた目は安い金色の睫毛を持ち、唇は彫られたがごとく、陽焼けした膚は磨き上げられた金銅……左側より見ると、老齢が大胆きわまる署名を刻みつけた老爺であり、痩せさらばえて見るも恐ろしく、唇は歪められ頬は削げくぼみ、皮膚は死骸の灰色、脂じみた髪は乾きかけた血の色……」

 丸い地球に住む想像力の乏しいわたくしには、思い描くこともかなわない凄まじきお姿でございます。玩具店で買いもとめました紫のプラスチックの賽子を、せめてあなたの一部と思わせていただくことにします。本当なら驢馬の頭蓋骨の上下もほしかったのでございますが。

 さてチャズ様、かの妖魔の王、夜の公子、美しきアズュラーン殿が牛耳っていたはずの平たい地球の物語も、あなたのご出現によってかきまわされ、あなたを中心にして進行するようになりますね。巻の一「闇の公子」の終わりで人類のために我が身を犠牲にし、一躍株をあげたアズュラーン殿の偉業も遠い過去のこととなり、平たい地球の人々が恩を忘れたように、読者もやはり巻を追うごとに記憶を薄れさせていくのも仕方のないことです。

 それでも巻の二で、もうひとりの闇の君として死の王ウールム殿がご登場の際には、まだアズュラーン殿も余裕でした。しかしチャズ様、巻の三であなたが登場なさったときにはもういけません。なにせあなたは物語の均衡をさえも司ろうとした狂気の王、恋も素朴な狂気とばかりにアズュラーン殿も翻弄なさった。
 まあ完全に主役の座を奪われたと申しましょうか。誇り高きアズュラーン殿がお怒りになり、人類をお見捨てになったのも無理のないことでしょう。

 巻の四「熱夢の女王」になるとさらにいけません。あなたの手によって引き裂かれた(無実だとあなたはおっしゃっていますが、それはとても通りません)アズュラーン殿とうるわしのドゥニゼルとのあいだの娘にも、あなたは大胆にも言い寄ろうとなさいました。
 娘アズュリアズ嬢は地底に閉じこめられており、あなたは得意の粋狂な策を労し、囚われの姫君を救いだす騎士のごとく彼女を救いだします。
 父親にかまってもらえず、寂しがっていたアズュリアズ嬢があなたに熱をあげるのも、乙女心として当然のことでしょう。アズュラーン殿が怒り狂って追いかけてくるのもまた当然のことです。

 下世話なたとえで申し訳ありませんが、アズュラーン殿にすれば商売敵が秘蔵の娘と駈け落ちしたようなものですから。おまけにその商売敵は娘の母親を死に追いやった憎い敵でもあります。部下の妖魔たちの手前、とても放っておくわけにはいきませんでしょう。老舗ドゥルーヒム・ヴァナーシュタの暖簾にかかわりますよね。

 こんなふうに書いていると、チャズ様、あなたのファンであるわたしですら、アズュラーン殿がお気の毒になってまいりました。身をもって救ってやった人類からは醜い夜の化け物扱いされ、恋人には死にわかれ(結局、ドゥニゼルは妖魔の恋人より、子供の方が大切だったと思われます。そういえば巻の一に登場する人間の恋人たちもみな、アズュラーン殿の期待を裏切りますね)、ついには娘の恋路を邪魔する不粋な親父の役回りをはたさなければいけなくなるのですから。すでに巻の四では、美しき夜の公子の面影は薄れ、どことなくお年を召されたような印象すら受けてしまいます。

 チャズ様、それに比べてあなたは何といい役回りでしょう。アズュリアズ嬢は身も世もなくあなたに夢中だし、あなたは無実の罪と主張しつつ不当な罰を受け入れ、泣く泣く引き裂かれる悲劇の恋人どうしの片割れとなるのですから。アズュラーン殿があなたを罰しながらも、よけいにあなたを憎んだのも当然のことです。この頃にはあなたも絶世の美男子の姿をとり、容貌の面でもアズュラーン殿に対抗しておりますし。

 対抗意識、チャズ様、あなたがこうまで兄ならぬアズュラーン殿にからんだ動機のひとつは、僭越ながらそれですね。今ひとつの動機も、あなたを見つめつづけたわたくしには分かっております。恋は素朴な狂気とうそぶいてらしたように、あなたの真に愛した相手は美しきアズュラーン殿でいらしたのではないですか。娘は父親の代わりとして得たにすぎないのでは?。

 巻の三で登場以来、あなたのなさったことのほとんどはアズュラーン殿の関心をいかに引き、あなたの織りなした模様へいかに巻きこむかということでした。あなたはあらゆる奇妙な手を使い、執拗に兄ならぬ妖魔の王にからんでいきます。そこに決して応えてはもらえない、せつない愛僧を読みとることができます。まさに狂気のさたでしょう。
 あなたが嬉々としてアズュラーン殿の決めた懲罰を受け入れたとき、哀れなアズュリアズ嬢は自分の立場に気づいたはずです。彼女がそれから気持ちをすさませて、同族の男たちを毛嫌いするのも当然のことでしょう。このあたりの彼女は、知らずして同性愛者ふたリと三角関係になった不幸な娘です。

 巻の四の後半で、あなたは罪を償い、アズュリアズ嬢とよりをおもどしになります。彼女は精神修養を積んでおり、実に寛大にあなたを受け入れてくれます。しかし結局はふられておしまいになりますね。これまでの仕打ちからして当然の報いといえましょう。

 巻の五でもあなたは未練がましく、いえ実に粋狂にと申しましょうか、死すべき道を選び、生まれ変わったアズュリアズを、人間の胎内に宿って追いかけてお行きになる。みずからの道を見いだし去っていった女を追い求めるというのも、天邪鬼なあなたならではの行動でしょう。アズュラーン殿の関心をなんとか引こうと趣向をこらしておいでだったかつてのあなたと同様に、そのけなげさにはあらためて心うたれるものがございました。

 さてチャズ様、実のところ、わたくしは巻の五以降のあなたがいささか心配なのであります。からむ相手を失ったあなたが次の新たな対象を見いだせるよう、影ながら祈っております。
ではまたお会いできること願いつつ。ごきげんよう。


                                       草々