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覚え書き


                                                     2008.4     


  Tales From Third Moonの原型が生まれたのは、1989年のなかぱではなかったかと思います。そのときには漠然とふたりのキャラだけがあって、第三の月から来た元王子と従者という細かな設定はありませんでした。
 ただふたりの放浪者がいろいろな土地を旅しているというイメージだけがあったと記憶してます。ふたりの放浪者が旅するという発想は、ファファード&グレーマウザーというヒロイック・ファンタジーから来たようですが、今となってはあまり定かではありません。男ふたりで身軽に方々の地を旅したら楽しそうだと思ったのは確かです。立ち寄る地でそれぞれ女と仲良くなって、あとくされなく旅立つパターンをやりたかったかもしれない。

 彼らが最初に現れたのは『女神の祝祭日』の原型となった短編です。最初に、酒場で駆け落ち話をするシーンが浮かび、追われて都の中を駆け回り、娼館に逃げこむまで、連続的に話ができていきました。ふたりの掛けあいがいきいきと浮かび、単なる仲間ではない雰囲気が出来あがり、女と絡みながらも互いを意識するという関係が面白いと思いました。
 当時は雑誌のJUNEなどはありましたし、『風と木の詩』などの少女マンガの分野で盛んにそういう関係は描かれていましたが、男どうしの危険な関係という意識はあまりなく、決まった女を作らず気ままに旅するためには相棒どうしで固い絆を結んでいた方が好都合だという発想だったように思います。
 そちらの方面で影響や刺激を受けたならむしろ、80年代後半に次々と公開された英国ゲイ映画の数々でしょう。『モーリス』『アナザー・カントリー』『マイ・ビューティフル・ランドレット』などの当時の映画は、なんというか眼からウロコが落ちる衝撃を受けました。こういう形の関わりもあるんだなと。

 短編版の『女神の祝祭日』の次に書いたのが『深緑の騎士』で、このあたりからキャラや話の展開が定まってきました。最初に目指していたように、ふたりが旅していって、その先々で事件に遭遇し、人々と関わり、最後には逃げるように旅立つはめになるという巻き込まれパターンです。
 その次に書いたのが、未来都市のようなところに迷いこむという話でした。それまでのヒロイック・ファンタジーふうの旅物語とまったくタイプが違っていたので、完成しないままお蔵入りとなりました。

 世界設定も深く考えず気ままに書いていったのですが、このあたりからちゃんとした連作シリーズにしようと構成を一からやり直しました。第三の月とか、彼らの過去の身分や設定なども、おぼろげにイメージしていたものを形にしてみました。
 構成をすませてから書いたのが少し長めの『魔術師の弟子』で、ここにふたりの過去の回想が出てくるのはその名残です。
 ここまではどれも発表することはあまり意識せず、ただ浮かぶまま好きなように書いていきました。完結したものではなく、イメージの連続に近いものだったので、商業ベースに乗せるということも考えられなかった。
 思えばこの頃が、言霊様との短い蜜月だったかもしれません。浮かぶままに話の体裁も考えずつづっていくのは楽しいものです。発行予定の順番や締め切りに縛られる商業作家には許される状態ではありません。
 
 1990年に入ってから、この気ままな連作シリーズを、もう少し人に読ませてもいい形にしようと、今度は長編の《ムーン・ファイアー・ストーン》を書き始めました。当初は一冊分ぐらいで終わる話だと思っていたら、意外とのびてしまい1200枚の大長編となってしまいました。
 ここで初めて、ふたりがどうやって故郷の地からこの地に来たかが具体的に語られます。それまでは作者にもよくわかってなかったところでしたが、ああなるほどこうだったかと浮かびました。
 結局はこの長編が商業ベースに乗って出版されることになり、シリーズの最初の作になったわけです。多くの読者を獲得し、ずいぶん長い年月がたった今でも楽しみにしてくれる方々がいる幸せなシリーズ作品だと思います。